大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和34年(行)37号 判決

原告 原由子こと梁ヘイ石

被告 生野税務署長

訴訟代理人 山田二郎 外四名

主文

被告が、原告に対し、昭和三四年五月一九日にした同三一年分贈与税の課税決定は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一申立

一、原告訴訟代理人は、主文と同旨又は「主文掲記の課税決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

二、被告指定訴訟代理人らは、右課税決定の取消を求める原告の請求については、第一次的に訴却下の判決を求め、右請求について予備的に、又右課税決定の無効確認を求める原告の請求について、いずれも「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二主張

一  原告の請求原因

1  被告は、原告が昭和三一年中に原告の夫訴外原清明から、大阪市阿倍野区天王寺町南二丁目七二番地の一、宅地四七坪八合四勺及び同地上家屋番号同町第八五番木造瓦葺二階建店舗一棟建坪二五坪一合九勺、二階坪二二坪七合一勺の贈与を受けたとして、同三四年五月一九日原告に対し、同三一年分贈与税の課税決定をし、その後原告所有の宅地五筆合計一三七坪六合七勺及び家屋三口延坪数四六坪一合に対し、差押処分をした。

2  しかしながら、右課税決定は原告に通知されていない。すなわち、右決定の通知書は、同三四年五月二〇日に郵便により、原告の当時の住所ではない原告の夫の勤務先である訴外厚生産業株式会社内に送達され、同社の従業員訴外宮城健男が漫然とこれを受領したうえ、原告もしくはその夫に交付することなく紛失したものである。従つて右決定は未だ原告に通知されたものとはいえない。

3  さらに、原告は、前記土地及び建物を、自己所有の金八〇万円と他よりの借入金一七〇万円とによつてこれを取得したもので、原告の夫から贈与を受けたものではない。

4  以上のとおり、被告のなした前記贈与税の課税決定は違法であるから、原告は右決定の無効確認又は取消を求めるものである。

5  なお、右取消請求の要件たる訴願前置の点については、前記のとおり、課税決定が未だ原告に通知されていないため、原告はこれに対し再調査及び審査の手続をとることは不可能であり、又すでに原告所有の不動産に対して差押処分がなされていることでもあるから、行政事件訴訟特例法二条但書に基き、訴願の裁決を経ないで出訴することができるものというべきである。

二  被告の主張

1  原告の請求原因1は認める。

2  同2のうち、課税決定通知書が原告主張の日時に、郵便により訴外厚生産業株式会社内に送達され、同社の従業員訴外宮城健男がこれを受領したとの点は認めるが、その余は争う。

3  同3ないし同5は争う。

4  原告は、昭和三一年中にその夫の訴外原清明から、原告主張の宅地四七坪八合四勺及びその地上の建物一棟の贈与を受けながら、その申告をしなかつた。そこで被告は、昭和三四年五月一九日原告に対し、贈与税額四八万三九五〇円、無申告加算税額一二万〇七五〇円とする昭和三一年分贈与税等の課税決定をした。(右不動産の評価額は、土地が二五万八三二六円、建物が一七三万八一八五円である。)

5  右課税決定の通知書は、同日書留郵便により原告宛に発送し、郵便物の受領について原告の代理受領権限を持つていたとみられる訴外宮城健男に届けられているので、仮に同人が、右通知書を原告に交付していないとしても、右訴外人に届けられたときにおいて、原告に対し送達があつたものというべきである。

右訴外人が原告宛の郵便物について代理受領権限を持つていたことは、原告宅には表札や郵便受がなく、原告宛の郵便物は、その頃原告宅と同番地でそのすぐ近くの原告の夫の会社(前記厚生産業株式会社)に届けられていて、同従業員の宮城健男によつて受領されていたこと、なお右通知書も同人が「原」の受領印を押して、異議なく当然のこととして受領していることなどから明らかである。

なお、右会社には原告の娘や孫二人が寝泊りしていて、食事には原告宅へ通つていたもので、原告宅と右会社は一軒の家とみられるものであるから、宮城健男は原告宅の同居人ということができ、この点からも右通知書を右訴外人に届けたときにおいて、原告に対し送達があつたものということができる。

6  贈与税の課税処分の取消を訴求するには、相続税法所定の訴願手続を経由しなければならないが、原告は右訴願手続を経ていないから、原告の請求中、課税決定の取消を求める部分は不適法である。

7  なお、登記簿等の記載によれば、原告は前記土地家屋を訴外松岡清から取得したことになつているが、仮に原告がその夫からではなく右訴外人から右物件の贈与を受けたものであるとしても、原告が本件贈与税を担税すべきことについて消長はない。

8  以上要するに、被告の課税処分にはなんら違法の点はないから、原告の請求は失当である。

第三証拠〈省略〉

理由

原告の請求原因1の事実並びに本件課税決定の通知書が、昭和三四年五月二〇日に郵便により、訴外厚生産業株式会社内に送達され、同社従業員訴外宮城健男がこれを受領したことは、当事者間に争いがない。

そこでまず、本件課税決定が原告に通知されたものと云えるかどうかについて判断する。

成立に争いのない甲第一号証の一、二、乙第一、二号証の各一、二に、証人松岡清、宮城健男、富田政雄の各証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、被告は昭和三四年五月一九日原告宛に、本件課税決定の通知書を書留郵便に付して発送し、これが前記のとおり、厚生産業株式会社内に配達されて、宮城健男により受領されたこと、同人はその際、同社の代表者たる原告の夫原清明が取引関係の郵便物の受領に使用するために同社の事務室に置いていた「原」の認印を使用して受領印を押したが、右通知書を原告もしくはその夫に交付する前にこれを紛失したこと、右会社は、大阪市生野区北生野町五丁目六四番地に所在し、代表者のほかに九名の従業員がおり、化粧品等の販売を目的とする会社であるが、実質上の経営は代表者たる原告の夫がしていたものであること、同社の建物は二階建で、一階は事務室に、二階は倉庫として使用されていたこと、原告の夫の私宅は、右会社の所在地と同番地ではあるが、会社から東へ約五軒ほど離れたところにあつたこと、ただ原告の娘(高校生)と孫二人(小学生)は、会社の二階の倉庫の横に寝泊りし、食事は右私宅で取つていたこと、一方原告は、右会社の仕事に関係したことはなく、又相当以前から夫の女性関係のことで夫と争いをすることが多く、そのため夫を嫌うようになり、前記日時の頃には夫と同居する意思を放棄して、夫の私宅とは同番地ではあるが道路を距てた北側に、夫及び他の家族と離れて一人で別居生活を送つており、現在に至るまで夫との別居状態は継続していること、又昭和三四年五月一二日頃に、被告が原告宛に発送した郵便はがきによる納税告知書(本件とは別個のもの)が前記会社に配達されたことはあるが、原告は文盲であるため、原告宛に個人的な郵便物が来ることは殆んどなく、従つて従前も右会社に原告宛の郵便物が配達されたことはほとんどなかつたことが認められる。

前掲各証言及び原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分はたやすく信用することができないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の原告夫婦の関係及び原告に対する郵便物の配達状況等からみると、原告が前記宮城健男に郵便物の受領権限を黙示的にでも付与していたものとは解することはできない。

従つて、同人に右受領権限がある旨の報告の主張は採用することはできない。

なお、被告は、右宮城健男は原告の同居人と目すべきである旨主張するが、右認定のとおり、当時原告はすでに夫と別居し、夫の私宅以外の場所を住所としていたものであるから、右宮城健男は原告の同居人ではないことは明らかである。

よつて、右主張も理由がない。

そうすると、原告が本件課税決定の通知書の交付を受けていないことは、前記認定のとおりであるから、右決定は未だ原告に通知されたものとはいえず、従つて本件課税決定は効力を生じていないことになり、その余の判断をするまでもなく無効である。

よつて、その無効確認を求める原告の請求は正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 入江菊之助 中平健吉 中川敏男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例